その日はたぶん、木曜日だったと思う。三鷹の商店街の一角に、こんな貼り紙を見つけた。
「求人 時給千円。国籍、性別、年齢、傘問わず。詳しくはこちらに電話を」
見たまま通り過ぎそうになって、あれ?と引き返してもう一度見た。たしかにその紙には、傘問わずと書いてあった。
どういう意味だろう。何となく気になって、携帯に電話番号をメモした。
実は高校の頃からバイトしていたパン屋がつぶれてしまったところだった。三鷹には最後の給料をもらいに行ったのだ。何となく、接客業かなと思いながら、家に帰ってからメモした番号に電話してみた。
「もしもし」20代だろうか、若い男性の声がした。
「あの、求人の貼り紙見てかけたんですが」
「ああ、はい、じゃあ面接しますので履歴書とご自分の傘を持ってきてください」
「傘って何でもいいんですか」
「ご自分の傘なら何でも結構です。傘問わず、と書いてあったでしょう」
「あの、どんな仕事なんですか」
「詳しくは面接でお話しますので。明日の二時でいいですか?」
結局、翌日の二時に面接が決められてしまった。何だかなあ、と思いながら、それでも時給千円は魅力的なので、行くことにした。
翌日は、タイミングのいいことに雨だった。秋雨の走りだろう。重いので折り畳みにしようかなと思ったが、やみそうにないのでブルーの傘にした。
さくら通りの一角のビルの二階の部屋が面接会場だった。ヤスダ、という若い男性ががらんとした何もない部屋に丸椅子を出し、わたしを座らせた。
「仕事はですね、今度ここに僕のアトリエ兼ギャラリーを開くんですが、その準備とお客さんの応対です。僕は創作活動で忙しいときもあるんで、電話も含めてここの店番みたいな感じで」
「ヤスダさんは、アーティストなんですか」
「それだけでもないですけどね」そう言ってヤスダさんは、じっとわたしの持ってきた傘を見た。
「傘、にこだわりがあるんですか」
「僕は傘で占いをするんです。実は絵よりそっちの方が長いんです。占いじゃ食えないんで絵も描いてるんですけど」
ごく普通に話すので変わった人だなあと思ったわたしは、ちょっと意地悪く逆に質問してみた。
「じゃあ、わたしはここに向いていますか」
ヤスダさんはしばらく考えこんだあと、一言こう言った。
「柔軟な対応力がある」
わたしは丁重に辞退して、部屋を出た。その後ギャラリーが開くことはなかった。
(了)