虚空展望台

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# ジャックモイヤーさんのこと〜映画『ドルフィン・マン』からの追想

(この記事はnoteと同じ内容です。しばらくこのブログとnoteを並行して更新します)



昨年末のことになるが、友人とアップリンク吉祥寺で『ドルフィン・マン ジャック・マイヨール、蒼く深い海へ』というドキュメンタリー映画を観た。内容については省くが、鑑賞中、そしてひと月近くたった今も、もう一人のジャックについて思い出していた。



ジャック・T・モイヤーさんと出会ったのは1997年の夏だった。当時大学1年生だった私は東京都の夏休みボランティアに応募し、三宅島の自然ふれあいセンターアカコッコ館でボランティアアシスタントとして一週間過ごした。



モイヤーさん、当時はモイヤー先生と呼んでいたが、モイヤーさんは当時アカコッコ館の顧問で、海洋生態学者としての研究と環境教育コンサルタントとして活動されていた。海と三宅島が好きで日本語が堪能なモイヤーさんは、私にとってはインパクトが大きく、マスター恩師のような存在となった。



一週間のボランティアを終えて三宅島から自宅に戻った後も、三宅島との交流は続き、ホームステイ先の住民家族やアカコッコ館とも連絡を取っていた。アカコッコ館で行われた三宅島イラストコンテストでスダジイの絵を描き応募して、ジャックモイヤー賞を受賞し、御本人のサイン入り著書をいただいた。



ところが2001年、状況は一変する、三宅島の雄山の噴火による全島避難により、島の知人たちは離ればなれの生活となった。わたしも友人から寄付を募り東京都に送ったが、2004年1月10日、16年前の今日、モイヤーさんは単身避難先で自ら人生を閉じた。写真はジャックモイヤー賞で頂いた本、そして当時の自殺を報じる新聞記事のスクラップである。ずっと、私はそれを持ち続けていた。



モイヤーさんと、ジャックマイヨール氏は同時代を生きた海にまつわる著名人の二人で、対談をされていたこともあった。奇しくも二人が近い時期に亡くなっていたことを映画で知り、個人的な思い入れをどう抱えたらいいか直後は戸惑ってしまった。二人が、今も生きていたら、今の環境問題や、地球温暖化について何というだろうか。そんなことを考えずにいられなかった。



モイヤーさんのことを今も語る人はあまりいないかもしれないが、私にとって生きる上で必要な言葉と見方を教えてくれた。本当に今日、もう一度書こうと思って調べたら今日が命日で、たぶん何かを示してくれたのだと思う。どこまでもジェントルで、豊かな知性と慈愛に満ちたその声と姿は、今も三宅島のどこかを隠れ家にしているのではないか。私なりに感謝の気持ちを込めて、ここに改めて書きたい。



To Jack, with my best wishing.




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