虚空展望台

現在進行形雑筆通信。不定期更新。
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# わたしの明日、あなたの一日。

おはようございます。

3月も最後の日となりました。何でも満月でもあるそうで。

桜も散りはじめまして、花びらがベランダに入りこんできています。

 

 

今日はちょっと特別編と言いますか、いつもと違った試みとして

ショートショートの小説を、即興で書いてみようと思います。

タイトルの通り、ある一日の物語です。

今ある締め切りに向けて新作を書いているところなのですが、

そこへリンクするかも?なスピンオフみたいな感じで。

もしこれから続く短編を読んで気になった方は

ぜひ新作が完成するよう祈っていてください。

わたしもこれから書き始めるのでちょっとドキドキします。

では、始めます。

 

 

 

 

 

わたしの明日、あなたの一日。

 

 

 

遠いところに、いるんだね。

朝を告げるニュースが始まると、海岸の中継映像が流れた。

「太平洋上で発生した台風は、勢力を強めながら、小笠原諸島に近づく予想です…」

今後強風などの影響で交通機関の影響などが、などと続くアナウンサーの声に、わたしはつぶやいた。

イカロスの食事を出すと、煉瓦色のむく毛を弾ませながら、イカロスは皿に飛びついて食べ始めた。

わたしはコップに水を汲み、錠剤をパックから取り出す。食前に4錠、食後に1錠、これを朝昼晩3回と、寝る前にさらに2錠飲む。

薬をおいしくしないのは、早く良くなって、もう飲まないようにしたいと思わせるため、と聞いたことがある。

わたしは常にいろいろなものが欠けている。補っても補っても、満たしきれない。

イカロスは元気に、わたしはしぶしぶと、朝食を終えた。

 

久しぶりに、ガーシュインを聴いて、スタジオに向かう。

タクシーの中から、建設中の巨大なビルが見えた。

サグラダファミリアではないが、物心ついたころから、あそこはいつも工事をしている。

スケジュールを確認すると、今日は先生とのランチが入っていた。

毎月一回の決まり、せめておいしい料理が食べたい。どうせ先生が支払うから、と、わたしは評判がいいシーフードのレストランの予約を二人分入れた。そこへの地図を先生と共有する。

数分後、笑顔のスタンプが返ってきた。黄色く丸っこいキャラクター。やけにかわいい。

こういうまめさがないと、医師って患者のことを観察できないんだろうな。

タクシーがスタジオに着いた。代金を支払い、わたしはサングラスをかけて車を降りた。

 

今日のレコーディングが、このスタジオでは最後になる。

普段のスタッフだけではなく、多くの人々が来ていた。花束を持っている人もいる。

歌う曲は、2パターン。フルコーラスと、CM用のサビ部分のみ。

作業は順調に進んだ。プロデューサーが手で大きな丸を出した。

あるキャンペーンのタイアップも決まっていて、いろいろな意味で気合いが入っている曲になったと思う。

レコーディング終了。大きな拍手が上がった。

花束を受け取り、写真を撮られる。何か一言、と頼まれて、戸惑いながらも、わたしはこう言った。

こうして記念の日に歌えたことを光栄に思います。多くの人にこの曲と、このスタジオの想いが届いたらと思います。

明日から、CMは配信されるから、とプロデューサーが言った。全世界に聞かせてやろう。

わたしはすぐにあのレストランへ向かった。

 

先生は、店ですでに待っていた。

席に着いた私は、サイダーを頼んだ。先生は相変わらず笑顔で、元気そうだね、と言った。

レコーディングが長引いて、遅れてすみません。

今朝予約を入れたのに、席は見通しのいい窓に面したいい場所だった。

わたしはカルパッチョとクリームパスタを頼み、先生がピザとサラダを追加した。

実は新薬の治験が決まってね、今回それに挑戦してみないかい。

また実験台ですか、そう言いたくなったが、わたしは代わりにこう聞いた。

その薬、もう少し飲みやすくなりますか?

すると先生はつるりとした額を上げて目を輝かせた。

そうなんだよ。ライチの味がしていて、しかも水がいらない液体だ。

鯛のカルパッチョはすごくおいしかった。わたしは純真な赤ちゃんを見たときのような微笑みを浮かべて言った。

先生、わたし、ライチが大嫌いなんです。

それからわたしはパスタとチョコケーキを食べた。先生はわたしに仕事のことや体調のことを聞いたが、

適当に答えた。

料理は最高だった。そしてそのあとわたしは錠剤を飲んだ。

 

 

先生とのランチを終え、帰宅までにはまだ時間があったので、わたしは美容院へ行った。

今はショートボブだが、美容師からはカラーとトリートメントを勧められた。

青にできます?と聞いたら、美容師はブリーチが必要だから時間がかかりますよ、と答えた。

考えて、サイドにメッシュで青い毛束を入れることにした。シャンプーしてもらうとき、いい香りですね、と言ったら

美容師は、購入もできますよ、と言った。天然のアロマオイルが配合されているらしい。

何のオイルですか?と聞いたら、ジャスミンとグレープフルーツだと答えた。

わたしは買うことにした。数時間後、新しいヘアスタイルとシャンプーを手に入れたわたしは、

ジャスミンの花を検索して、画像をブックマークした。

 

 

帰宅して、夜わたしは自分の顔を写真に撮り、近寄ってきたイカロスも撮ってSNSにアップした。

あなたが探しているわたしは、こんな顔ですよ。

あなたって誰?そんなリプライが次々と届くのを見て、わたしはくすくす笑った。

あなたはわたしを知らない。わたしはあなたを知っている。

でも、明日になったらこの声は届く。わたしはあなたの声を知らない。

いつか薬が必要なくなったら。わたしは満月を見ながら考える。

わたしが生きている今ここで、これから欠けていく月のように、照らす光をみているあなたへ届きますように。

わたしは、まだ、あなたに出会えない。

 

 

【了】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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